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卒業文集「クレヨンの忘れられない思い出」

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小学校の卒業文集

ブログへのご訪問ありがとうございます。

3月は卒業シーズンですね。

小学校、中学校、高校と卒業をする際セットになっている卒業文集。
自分が学び舎まなびやで過ごした記憶を残す作業ですね。

将来の夢や、在学中の楽しかった思い出、大好きな友人への気持ちを伝えたり。
年を追うごとに、自分がなんて書いたっけ?なんて、思い出すこともままならなくなりますが、私には忘れられない、せつない思い出があります。


それは小学校の文集です。
正しくは転校する前の小学校。
私は両親の都合で小学校5年生の時に転校しています。

ですから、私はその文集には書いていないのですが、私が転校する前に仲良くしていた女の子の作文です。

同級生の仲良しの女の子

彼女の名前を仮りにYちゃんとしましょう。
Yちゃんと私はとても仲良しでした。
彼女は髪の長い綺麗な女の子。

小学校1年生の時から、転校する5年生まで何をするのも一緒。
アニメのちびまるこちゃんと、おさげのたまちゃんのようにいつでも一緒でした。

学校が終わってからは、Yちゃんの家でよく遊んだものです。
ぬいぐるみやお人形でのごっこ遊びや、近くの川での水遊び。

Yちゃんのご家族は私にいつも優しく、行くといつもおやつを出してくれました。
遊びに行くとおもちゃがたくさんありましたから、Yちゃんの家はわりと裕福な家だったのでしょう。

Yちゃんはなんでも私に貸してくれた。

買ってもらったばかりの人形も、イヤな顔をせずに私に貸してくれました。
私は優しいYちゃんが大好きだったし、一緒に遊べて嬉しかった。

私が起こしたクレヨン事件

ある日、Yちゃんがご両親に新しいクレヨンを買ってもらった時のことです。
すごく嬉しそうでした。

学校にそれを持ってきたんですね。
12色セットのクレヨン。

私はそのことをYちゃんから聞いて知っていました。
新しいクレヨン。
ピカピカのクレヨン。
Yちゃんの大切なクレヨン。

なのに、

私は体育の時間に一人教室に戻り、Yちゃんが机に入れておいた新品のクレヨンを、ぽくぽくと全部折ってしまったのです。

机の前にかがんで、誰もいない教室で、誰にもわからないように全部のクレヨンを半分に折った。

妬み。
嫉妬。
悔しさ。

私はYちゃんがうらやましくて、うらやましくて、同じくらい彼女が憎らしかった。



当時、私の両親は離婚騒ぎで、母は家を出て行き父は出稼ぎに出ていたのでほとんど家にいませんでした。


私とは違って、祖父母もご両親もいる、にぎやかで温かいYちゃんの家族がうらやましかった。

家族に愛されているYちゃん。

私はYちゃんの家の子になりたかった。

でも、私がやってしまったことは正反対のことでした。



その時、私はどんな顔をしていたしょう。
誰もいない教室で周りを気にしながら、大切な友達の大切なものを壊すなんて。

9歳の私よ。バカだなあ……。


その事件はクラス中で問題になり、テレビでよくあるように犯人探しが始まります。
「今日、Yちゃんのクレヨンが折られるということがありました。やった人は手を上げてください。」

こういうのって、本当にあるんです。


子供のすることですから、先生は犯人が私だとわかっていたはずです。
なんたって、私の学年は1クラスしかなかったのですし。

私はもちろん、ハイ、なんて手を上げることはしませんでした。


でも、そのあとちゃんと職員室に呼ばれて、なんやかやと先生に質問攻めにあいました。

9歳の私がなんて答えたかは全く覚えていません。

たぶん、自分の記憶から消したのだと思います。

ごめんなさいと言えないまま46年

Yちゃんとはその後も転校するまで仲よくしていました。

転校してからも時々会うこともありました。

そして、私たちが中学校に上がってから久しぶりにYちゃんの家に遊びに行ったある日。

小学校の卒業文集を見る機会がありました。

転校して2年がたっていても、1クラスしかなかったので友達の顔は全員覚えています。


彼らが何を書いたのかな。

なつかしい名前が文集に載っていました。
もちろんYちゃんの作文も。

そのYちゃんの作文を見た途端、心臓が石みたいに固く縮こまりました。

Yちゃんがあの時のクレヨン事件を文集に書いていたからです。

内容はおぼろげにしか覚えていませんが、クレヨンを買ってもらった時の嬉しさと、

クレヨンがダメになっていた時の絶望感。

の乱高下した時の、つらかった自分の気持ちがつらつら書かれていました。

誰がやったのか、そのことについては書かれていませんでしたから、あの時先生は内密にしたのかもしれません。

でもたぶん、なんとなくYちゃんはわかっていたと思います。

だって、そのことについて二人で話したことが一度もなかったのですから

小学校6年間の思い出を書く卒業文集に、仲の良い友達に裏切られた悲しい思い出を書いた。

信じていた友達に、大切なものを壊されたことを書いた。

私のしたことがどんなにひどいことだったのか、私は初めて気が付いたような気がしました。

9歳の頃よりも少し大人になったその時の私には、そのことがよくわかりました。

でも、結局、私は自分のしたことを謝ることができませんでした。
情けないですね。本当に。

そのためにずいぶん長い時間、私は苦しかった。


あれから二度とYちゃんには会っていませんが、私はこのことを思い出すたびに「ごめんね、Yちゃん」と心の中で言い続けてきました。


私のせいで、人間不信になっていたらどうしよう。
本当に悪いことをしてしまいました。

あれから46年。

あの文集、あのクラス全員持っているんだろうな。

クラス会とかでクレヨン事件が話されることがあるんだろうな……。

自分を自分で許してあげよう

自分が起こしたクレヨン事件。
3月になると思い出してしまうこと。

3月じゃなくても、時々思い出してしまうこと。

ごめんね、Yちゃん。
ごめんね、Yちゃん。

思い出すたびにくり返し、くり返し心の中で謝ってきました。

でも、謝るたびに心が軽くなるどころか、苦しくなって、あんなことをしてしまった9歳の自分がみじめで、ちっちゃくて。

何年たっても、心は文集を読んだ時のままで止まっていました。

一度読んだきりの「卒業文集」が記憶の中で風化することはありませんでしたが…。

今朝もちょうど、外で子供たちの話す声を聞いて、

学校、卒業、卒業文集と、連鎖的につらい思い出をひっぱりだして、いつものように自分を責めようとした時。

「もういいよ。寂しかったんだもんね。だから、もういいよ。」
そう、声がしたんです。

ちょうど、お風呂に入っていた時なんですが。

誰の言葉じゃない、自分の心の声だと思います。

突然だったので、驚きました。でも、不思議な感覚。
自分の声であって、そうじゃない声。

突然、頭の上の方から降ってきたような感じでした。




あれは何だったのかな。

思いがけず、朝から号泣してしまいました。

そして、その言葉に甘えて、

思いっきり泣いたら、気持ちが解放されてもう自分を許してあげようって思えてきたのです。

46年間、Yちゃん本人に謝ることはできませんでしたが、でも、もうきっと私の気持ちは違う形で彼女に届いているような気がしました。

とっても不思議な感覚でしたが、心地よい感情を感じることができた朝でした。



このクレヨン事件のことは、今まで誰にも話したことがありません。

今思えば、あの時、先生が私に、強引にYちゃんに謝る場所を作ってくれていたら。

私がやってしまった事実は変えられませんが、

自分を46年間も責めることにはならなかったのかな、と思ったりします。

謝ることで相手も自分も救われることがある。

もはや、46年前の事件なので先生の顔も忘れてしまったついでに、少し担任のせいにしてみようかな。

9歳であったことも、何かのせいにしてもいい理由なると思うのです。(今は。)



私がしでかしたクレヨン事件という暗い思い出をここに記して、本当に過ぎた思い出にしようと思います。





最後まで読んでくださってありがとうございます。
     まる

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